サッカー競技における「アドバンテージ」規定の包括的解析と運用実務に関する調査報告書
1. 序論:競技の「連続性」を担保する法的概念としての位置づけ
サッカー(アソシエーション・フットボール)が、他の球技と一線を画す最大の特徴は、そのプレーの連続性と流動性(Flow)にある。アメリカンフットボールがプレーごとの「停止と再開」を前提とし、ラグビーが厳格な規律による頻繁な中断を伴うのに対し、サッカーは「止まらないこと」に競技の本質的な価値を置いている。この流動性を法的に支え、かつ競技の公平性(Fairness)を維持するために考案された最も洗練された概念が「アドバンテージ(Advantage)」である。
本報告書は、ユーザーの検索意図である「アドバンテージとは サッカー」という問いに対し、単なる辞書的な定義を超え、競技規則(Laws of the Game)における法的解釈、審判員による意思決定の認知プロセス、具体的な適用事例、そして選手・指導者・観客が持つべき戦術的・心理的理解に至るまで、利用可能なあらゆる資料に基づき網羅的に分析を行ったものである。
1.1 アドバンテージの定義と語義的背景
「アドバンテージ(Advantage)」という言葉は、一般的に英語で「有利」「好都合」「長所」を意味し、ビジネスや軍事の文脈では競合他者に対する優位性を示す。しかし、サッカーの文脈においてこの用語は、極めて特異な「法的免責」と「権利の留保」の性質を帯びる。
具体的には、反則(ファウル)を受けたチームが、その反則によってプレーを中断されるよりも、そのままプレーを続行した方が戦術的に有利(利益)となる場合に、主審が意図的に反則を宣告せず、プレーの続行を認める措置を指す。
1.2 制度の核心的哲学:加害者の不当利得の排除
このルールの根底にある哲学は、「不正行為を行った側(加害者)が、その行為によって利益を得てはならない」という原則である。
例えば、攻撃側の選手が決定的な得点機会において守備側からファウルを受けたとする。このとき、主審が厳格にルールを適用して即座に笛を吹けば、攻撃側の「得点の可能性」は「フリーキック」という不確実な機会に置き換わり、結果として守備側は「失点の危機」を回避することになる。これは、ファウルを犯した側が得をするというパラドックスを生む。
アドバンテージは、この矛盾を解消し、被害側(非反則チーム)の利益を最大限に保護するための規定である。
2. 競技規則(Law 5)における法的枠組みと解釈
国際サッカー評議会(IFAB)が定める競技規則第5条「主審(The Referee)」において、アドバンテージは主審の権限と義務の一部として明記されている。
2.1 条文の構造と「裁量権」
競技規則は、主審に対し以下の行動を求めている。
「反則が行われたが、プレーを続けさせることが反則を受けたチームの利益になると判断した場合、プレーを続けさせる。しかし、予期した利益がそのとき、または数秒以内に実現しなかった場合、その反則を罰する」
この条文から読み取れる重要な法的要素は以下の3点である。
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判断の主観性: 「利益になると判断した場合」という記述により、アドバンテージの適用は客観的な数値基準ではなく、主審の主観的裁量に委ねられている。
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条件付きの続行: プレーの続行は無条件ではなく、「利益の実現」が条件となる。
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遡及的処罰権(ロールバック): 利益が実現しなかった場合、時間を遡って元の反則を罰する権限が留保されている。
2.2 他競技との比較法学的視点
サッカーのアドバンテージは、NFL(アメリカンフットボール)における「ペナルティの辞退(Declining a penalty)」と類似した構造を持つが、決定的な違いがある 5。
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NFL: 被害チームの監督やキャプテンが、ペナルティを受け入れるか辞退してプレー結果を採用するかを選択する権利を持つ。
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サッカー: 選択権は当事者ではなく、第三者である「審判」にのみ存在する。
この違いは、サッカーが「流れ」を重視するため、いちいちプレーを止めてチームに意思確認を行う時間的猶予がないことに起因する。審判は、瞬時に「どちらがチームにとって有利か」を代理判断しなければならない。
3. 意思決定のメカニズム:審判員の認知プロセス
審判がアドバンテージを適用するか否かを決定するプロセスは、認知心理学的にも極めて高度なタスクである。文献 6 および 7 は、この判断を支えるフレームワークとして「4つのP」を提唱している。
3.1 判断基準のフレームワーク「4つのP」
審判は反則が発生した瞬間、以下の4要素をコンマ数秒でスキャンし、総合的に判断を下す。
| 要素 (The 4 Ps) | 定義と詳細分析 | 判断の閾値(Threshold) |
| 1. Possession (ボールの支配) | 反則後も被害チームがボールをコントロール下に置いているか。 |
単にボールに触れているだけでは不十分。「明確で効果的な保持(Clear and effective possession)」が必要である。タックルを受けて体勢を崩し、ボールが足元から離れた場合は、ポゼッション喪失とみなし即座に笛を吹くべきである。 |
| 2. Potential (攻撃の可能性) | そのままプレーを続けることで、有効な攻撃に繋がるか。 |
前方にスペースがあるか、守備ブロックに穴があるかを確認する。単にボールを持っていても、周囲を敵に囲まれている場合はアドバンテージのポテンシャルは低い。 |
| 3. Personnel (人員・数的構成) | 攻撃に関与できる味方の数と質。 |
「3対2」や「2対1」などの数的優位が形成されているか。また、ボールを持っている選手が三笘薫のような独力で打開できる選手かどうかも、審判の判断(期待値)に影響を与える要素となり得る。 |
| 4. Proximity (ゴールへの近接性) | 相手ゴールまでの距離。 |
ゴールに近ければ近いほど、流れの中でのプレーが得点に直結する可能性が高い。逆に自陣深くでのファウルの場合、プレーを続けるリスク(再奪取されるリスク)よりも、確実にフリーキックで陣形を整える方が「有利」である場合が多い。 |
3.2 「ウェイト・アンド・シー(Wait and See)」の運用実務
アドバンテージの運用において最も技術的な要素が、「待つ」という行為である。
主審は反則を目撃しても、即座に反応してはならない。数秒間(目安として2〜3秒)状況を監視し、上記の「4つのP」が維持されるかを確認する。
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時間的猶予のガイドライン: ルール上、明確な秒数は規定されていないが、実務上は「数秒(a few seconds)」とされる。これが長すぎると、守備側は守備を緩め、攻撃側は判定を待ってしまい、試合が混乱する。逆に短すぎると、真のチャンスを見極められない。
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成功例: 反則を受けながらもスルーパスを通し、味方が決定機を迎えた場合。「プレーオン」をコールする。
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失敗例(ロールバック): アドバンテージを見て流したが、パスが繋がらず相手にカットされた場合。即座に笛を吹き、元の反則位置に戻す。
この「数秒の静寂」こそが、優秀な審判とそうでない審判を分ける分水嶺となる。審判アセッサー(評価員)は、この待ち時間が適切であったかを厳しくチェックする。
4. 複雑なケーススタディと適用除外事例
アドバンテージは万能ではなく、適用が制限される、あるいは適用において特殊な解釈が必要な「エッジケース」が多数存在する。ここでは、資料に基づき、具体的なシナリオ分析を行う。
4.1 安全確保と規律の優先(適用除外)
いかに攻撃側にとって有利な状況であっても、以下の事象が発生した場合は、アドバンテージよりも試合の停止が優先される。
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重篤な負傷(Serious Injury): 特に頭部の打撲、脳震盪の疑い、多量の出血。これらは人命に関わるため、得点機会であっても即座に停止する。
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退場相当の反則(Red Card Offense): 著しく不正なプレーや乱暴な行為。これらを流すと試合が荒れる(報復行為を招く)リスクがあるため、原則として停止する。ただし、後述する「得点機会阻止(DOGSO)」の場面で、得点が確実視される場合に限り例外的に流すことがある 11。
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試合のコントロール不能リスク: 荒れた試合(Atmosphereが悪化している試合)では、あえて些細なファウルもすべてとり、試合を落ち着かせることが優先される。
4.2 特殊な再開ルールにおけるアドバンテージ(技術的解釈)
一般的にアドバンテージはファウル(Law 12)に対して適用されるが、それ以外の違反に対する適用については高度な解釈が求められる。文献は以下の具体例を挙げている。
シナリオA:ゴールキック時の2度触り
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状況: キーパーがゴールキックを行ったが、強風でボールが戻ってきてしまい、キーパーが手で触れてゴールに入ってしまった(あるいは防ごうとして触れた)。
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解釈: 通常、同一選手による連続接触(2度触り)は間接フリーキックとなる。しかし、ボールがゴールに入った場合、攻撃側(相手チーム)にとって「得点」が最大の利益であるため、反則をとらずに得点を認めることが推奨される。この場合、アドバンテージのシグナルは出さず、単にゴールを認める(キックオフを指示する)ことで対応する。
シナリオB:オフサイドの「ウェイト・アンド・シー」
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状況: オフサイドポジションの選手がボールに関与しようとしたが、ボールが流れてオンサイドの味方、あるいは相手ディフェンダーに渡った場合。
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解釈: 副審は旗を上げるのを遅らせる(ディレイ)。主審も即座に笛を吹かず、ボールの行方を見る。攻撃側がボールを失った(相手が確保した)ことが明確になった時点で、初めてオフサイドをとるか、あるいはそのまま相手ボールとして流すかを判断する。
5. 伝達の技術:シグナルとコミュニケーション
アドバンテージが適用されたことを周知徹底するための「作法」も、時代とともに変化している。
5.1 視覚的シグナル(ジェスチャー)の変遷
かつて、審判はアドバンテージを示す際に「両腕」を前方に突き出すジェスチャーを行っていた。しかし、近年のIFABのルール改正により、「片腕」のみでのシグナルも認められるようになった。
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理由: 審判自身が走りながらバランスを保つため、あるいは次のプレーポジションへ迅速に移動するために、両腕を拘束されることが不合理であると判断されたためである。
5.2 聴覚的シグナルと「ボイス」
ジェスチャーに加え、主審は**「プレーオン!(Play on!)」や「アドバンテージ!(Advantage!)」**と叫ぶことが義務付けられている。
これは、ボールに集中していて審判を見ることができない選手に対する重要な情報提供である。「笛は吹いていないが、反則は認識している」というメッセージを伝えることで、選手がセルフジャッジで足を止めるのを防ぐ効果がある。
5.3 副審(AR)の役割
副審もアドバンテージの形成に協力する。目の前でファウルがあった場合、副審は旗を振って知らせるのが原則だが、主審がアドバンテージを適用しようとしている場合、あるいは攻撃側が有利な状況にある場合は、あえて旗を上げずに(あるいは一度上げた旗を下げて)プレーを流すサポートを行う。
6. 懲戒運用とアドバンテージの相互作用
アドバンテージは「プレーの続行」を認めるものであり、「反則の免除」ではない。この区別は、イエローカードやレッドカードの提示において極めて重要となる。
6.1 カードの事後提示
アドバンテージを適用してプレーを流した場合、その一連のプレーが次に停止した(アウトオブプレーになった)タイミングで、主審は反則を犯した選手を呼び、遡ってカードを提示する。
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注意点: もしプレーが長時間途切れなかった場合、審判はどの選手にカードを出すべきかを記憶しておかなければならない。
6.2 決定機阻止(DOGSO)と減免措置
守備側が決定的な得点機会を反則で阻止した場合(DOGSO)、通常はレッドカードとなる。しかし、アドバンテージが適用され、その結果として得点が決まった場合、懲戒のレベルが引き下げられる 11。
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ロジック: 「決定的な機会」が「阻止」されずに「得点」という結果に結びついたため、「阻止」の事実は成立しなかったとみなされる。
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結果: レッドカードはイエローカードに軽減される。ただし、反則自体が「著しく不正なプレー(相手を蹴りつける等)」であった場合は、得点の有無に関わらずレッドカードが提示される。
7. 戦術的・心理的側面:ステークホルダーごとの視点
アドバンテージというルールは、フィールド上の全員に異なる心理的影響を与える。
7.1 プレーヤー:セルフジャッジの禁止と「強さ」
選手にとってアドバンテージは「諸刃の剣」である。
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教訓: 「笛が鳴るまで止まるな」が鉄則である。反則を受けた瞬間に審判にアピールする選手は、自らアドバンテージの機会(Potential)を放棄していることになる。
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事例: 日本代表の三笘薫選手は、ドリブル中に激しいコンタクトを受けても倒れない、あるいは倒れても即座に復帰する能力に長けている。これにより審判は「プレーを続けさせた方が彼にとって有利だ」と判断しやすくなり、結果として多くのチャンスが生まれる。倒れない強さが、ルールの恩恵を引き出す鍵となる。
7.2 指導者(コーチ):感情管理と理解
ベンチの監督やコーチにとって、アドバンテージの瞬間はストレスフルである。
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現場の声: ある審判員の報告によれば、コーチが「ファウルだ!」と激昂して叫んだ直後に、アドバンテージによって味方にボールが渡りチャンスになるケースが多々ある。この場合、コーチの抗議は不当であるだけでなく、選手の集中を削ぐノイズとなる。
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戦術的選択: 稀なケースとして、セットプレー(フリーキック)が得意なチームや、実力が劣るチームの場合、流れの中でアドバンテージをもらうよりも、確実に止めてセットプレーの機会を欲しがる場合がある。しかし、前述の通り選択権は審判にあるため、コーチがこれを強要することはできない。
7.3 観戦者(保護者・ファン):ゲームの鑑賞眼
観戦者にとって、アドバンテージを理解することはサッカーの奥深さを知ることと同義である。
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見どころ: 激しい接触があったにもかかわらず笛が鳴らないとき、それは「審判のミス」ではなく「審判の演出」である可能性が高い。その後の数秒間で何が起きるか、審判がどちらの手を上げているか(シグナル)に注目することで、試合の流れをより深く楽しむことができる。
8. 歴史的事例分析
理論を具体化するために、いくつかの著名な事例および典型的シナリオを分析する。
8.1 ギャレス・ベイルのゴール(トッテナム対チェルシー)
11 で言及されている事例は、アドバンテージの理想的な適用例である。
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状況: ベイルが突破を図り、GKチェフやDFから激しい妨害を受けた。
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判定: 主審は笛を口にくわえたが、ボールがこぼれた先に再びベイル(または味方)が詰められる可能性を見てプレーを続行させた。
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結果: ベイルがゴール。もしここで笛を吹いていれば、チェルシーの選手にレッドカードが出たかもしれないが、トッテナムにとっては「1点」の方がはるかに価値がある。審判の勇気ある「ノーホイッスル」が称賛された事例である。
8.2 ゴールキーパーとの交錯と「遅れたゴール」
3 や 3 で紹介されているシナリオは、ルールの精神を象徴している。
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状況: ストライカーがGKをかわしてシュートを打った直後、GKに激突されて倒された。ボールはゆっくりと無人のゴールへ転がっていく。
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判定: ボールがゴールラインを割るまでの数秒間、主審は笛を吹かずに待つ。
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分析: ここで即座にファウルをとればPKとなるが、PKは外れる可能性がある。確実に決まるであろうゴールを見届けることが、攻撃側への最大の配慮となる。
9. 結論:見えないファインプレーとしての判定
本調査を通じて明らかになったのは、アドバンテージとは単なる「反則の見逃し」ではなく、審判員による**「積極的な試合介入(Active Management)」**であるという事実である。
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ルールの優位性: アドバンテージは、サッカーが「断続的なセットプレーの連続」ではなく「連続するドラマ」であることを保証する最後の砦である。
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人間的要素: その適用には、機械的な判定(AI審判など)では代替困難な「文脈の理解」「感情の機微」「試合温度の感知」が必要とされる。
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教育的示唆: プレーヤーは審判に頼らず、自らの力でプレーを完遂する姿勢を持つことで、初めてこのルールの恩恵を享受できる。
「アドバンテージとは何か」と問うユーザーに対し、それは「正義(反則の処罰)と利益(得点の機会)のバランスを、瞬時に最適化するシステム」であると結論付けることができる。このルールが存在するおかげで、サッカーは不当な妨害によってその美しさを損なわれることなく、ゴールというクライマックスへ向かって流れ続けることができるのである。
付録:データ・リファレンス表
表1:アドバンテージ適用における状況別判断マトリクス
| 状況(Context) | 適用推奨度 | 主な判断理由とリスク |
| 中盤でのパス回し | 高 | 攻撃のリズム維持が最優先。FKで止めるメリットは少ない。 |
| ペナルティエリア付近の決定機 | 最高 | 得点に直結する場面。極力流すべきだが、失敗時のロールバック判断が難しい。 |
| 自陣深く(守備的エリア) | 低 |
ボールを奪われるリスクが高いエリア。FKで安全に再開する方がチームにとって「有利」な場合が多い。 |
| ラフプレー(カード相当) | 中 | 決定機でない限り、試合のコントロール(選手の冷却)を優先して止めることが多い。 |
| 怪我人が出た場合 | なし | 安全第一。いかなるチャンスよりも人命と健康が優先される。 |
表2:関係者別アクションガイド
| 対象 | 推奨アクション | 避けるべき行動 |
| 選手 | 笛が鳴るまでプレーを続ける。 | 手を上げて審判を見る(セルフジャッジ)。 |
| 審判 | 「待つ」勇気を持つ。明確なジェスチャーと声出し。 | 反射的に笛を吹く。アドバンテージ失敗後の放置(ロールバック忘れ)。 |
| コーチ | 審判の意図(待っていること)を理解する。 | ファウル直後の即座の抗議(アドバンテージの邪魔になる)。 |
| 観客 | プレーの行方と審判の腕の動きに注目する。 | 「なぜファウルをとらないんだ」と即断する。 |
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